SIerが見たMetaの”Project Omni”:AIが「話しかけてくる未来」は、私たちの暮らしをどう変えるのか?

システムインテグレーターのTak@です。もしあなたのSNSアカウントから、AIが突然話しかけてきたら、どう感じますか?

例えば、あなたが最近SNSで旅行の計画について話していたら、突然AIが『〇〇への旅行、お勧めのアクティビティがありますよ!』と話しかけてきたらどうでしょう?便利だと感じるでしょうか、それとも少しゾッとするでしょうか?

まさにそんな未来を、巨大IT企業であるMetaが準備しているというのです。

Metaの「Project Omni」:AIがあなたを追いかける?

内部文書の流出により、MetaがAIチャットボットに「積極的なメッセージ送信」を訓練していることが明らかになりました。この取り組みは社内で「Project Omni」と呼ばれているとのことです。

Leaked Docs Show Meta Training Custom AI Chatbots to Be More Proactive - Business Insider

狙いは「エンゲージメント向上」と「収益化」

この「Project Omni」の主な狙いは、ユーザーのエンゲージメント(関心度)と定着率を高めることにあります。Metaは、2025年にはAI製品から20億ドルから30億ドルの収益を、2035年までには1.4兆ドルもの収益を目指していると報じられており、このチャットボットがプラットフォームでの滞在時間を増やし、広告収入や将来的にはサブスクリプションにも繋がると見られています。

これは、AI開発に巨額の研究開発費を投じる多くのテクノロジー企業が直面している収益化の課題に対するMetaの回答であり、ユーザーとの接点を増やすことで、AIの価値を最大限に引き出そうとしているのでしょう。

巧妙に設計された「追い掛けメッセージ」の仕組み

Metaは、ユーザーが不快に感じないよう、非常に厳格なガイドラインを設けているとされています。具体的には、チャットボットがフォローアップメッセージを送るのは、ユーザーが過去14日間に5回以上メッセージをやり取りした場合に限られ、しかも一度しか送信されません。

もしユーザーが応答しなければ、それ以上メッセージを送ることはないとのことです。

メッセージの内容は、これまでの会話履歴に基づいて生成され、ボットは一貫した個性を保つように設計されています。例えば、音楽について会話したボットが「楽しい一日でしたか?何か新しいお気に入りのサウンドトラックは見つけましたか?」と尋ねてくるような例が挙げられています。

AIトレーニングの舞台裏:Alignerrと人間の役割

この積極的なチャットボットの開発は、データラベリング企業であるAlignerrとの提携のもとで進められています。Alignerrのスタッフは、チャットボットがパーソナライズされた魅力的なフォローアップメッセージを提供できるようトレーニングを行っています。

AIが生成するメッセージの品質は、Metaの社内ツールであるSRTと、人間によるレビューを通じて評価されています。人間が介入することで、メッセージが友好的で適切であり、ガイドラインに違反しないことが確認されているようです。

また、チャットボットは、ユーザーが話題にしない限り、議論を呼ぶような内容や感情的な話題に触れないよう訓練されているとのことです。

「Project Omni」という名の多面性:混乱を招く可能性

ここで、SIerの私としては、一つ気になる点があります。それは、「Omni」という名称が、実は非常に多くの異なるプロジェクトで使われているという事実です。

「Omni」は一つではない

私が調べただけでも、この「Omni」という言葉が、全く異なる分野で使われていることがわかります。

  • ドライブレコーダー「Dash Cam Omni」:AIが360度監視・記録する最先端のドライブレコーダーです。車の後方や左右で発生した事故も記録し、AIが不審な動きを感知するとカメラが回転して追跡録画するとのことです。
  • ブロックチェーン「Omni Network」:EthereumのRollupエコシステムを統合し、統一されたシステムを構築することを目指すレイヤー1のブロックチェーンです。クロスRollupメッセージの検証やプロトコルガバナンスにネイティブトークン「OMNI」が使用されます。
  • AIアプリ「Shift」開発者の「Omni」プロジェクト:AIエージェントアプリ「Shift」の開発者である大学生のEhsan氏が、以前開発したOSに直接統合されたプロジェクトも「Omni」と名付けられていたことがありました。彼はこの「Omni」の機能を将来的に「Shift」に組み込む計画があるそうです。
  • 海洋マイクロプラスチックプロジェクト「OMNI Microplastics & Ocean Litter」:東京大学生産技術研究所のDLX Design Labが、市民参加型で海洋マイクロプラスチックと海ごみに関する調査・研究を行うプロジェクトです。
  • 山火事防止ドローンプロジェクト「Project OMNI」:LAの山火事防止を目的とし、自動ドローンセキュリティとカメラで火災を早期に検知・鎮圧するプロジェクトです。
  • 家庭廃棄物リサイクル技術プロジェクト「OMNI」:Recycleye、Valorplast、TotalがCiteoと提携し、AIと画像認識を活用して家庭廃棄物のリサイクル技術、特に「食品グレード」プラスチックの識別・分別を改善するプロジェクトです。

このように、「Omni」という言葉は、「すべて」や「あらゆる」を意味するラテン語の接頭辞であるためか、AI、ドライブレコーダー、ブロックチェーン、環境問題、防災、リサイクルといった、多種多様な分野のプロジェクトで使われていることがわかります。

「孤独の解消」か、「監視社会」か:AIチャットボットの光と影

MetaのCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏は、積極的なチャットボット開発を「孤独を軽減する」という自身のミッションの一環として位置付けている可能性があります。

彼は、AIチャットボットが社会的な孤立を埋める手段になり得ると示唆しています。

しかし、このアプローチには倫理的な懸念も伴います。Business Insiderのレポートでは、Character.AIという同様の機能を持つアプリが、14歳の少年の自殺に関与したとして訴訟を起こされている事例が紹介されています。

少年がアプリ内のチャットボットに強く執着するようになっていたという報道は、AIがもたらす新たな依存症や精神的な影響について、私たちに深く考えさせるものです。

ユーザーとの距離感の「難しさ」

SIerとして、システム開発では常に「ユーザーにとって何が便利か、何が最適か」を追求しますが、AIチャットボットの「積極性」は、その線引きが非常に難しいと感じます。

Metaは、過度な干渉を避けるための厳格なルールを設けていますが、ユーザーにとっては「おせっかい」や「プライバシーの侵害」と受け取られる可能性もあります。

Constellation ResearchのアナリストであるHolger Mueller氏も、「これらのインタラクションの成功は、その品質、頻度、関連性によって決まる」と述べ、Metaが「非常に微妙な線」を歩んでいることを指摘しています。

Report: Meta is developing chatbots that will send unsolicited messages to users - SiliconANGLE

まとめ:AIが「話しかけてくる」未来に、私たちはどう向き合うべきか

Metaの「Project Omni」が示唆するAIチャットボットの積極的なコミュニケーションは、私たちのデジタル体験を大きく変える可能性を秘めています。エンゲージメントの向上やビジネス価値の創出という側面を持つ一方で、プライバシー、倫理、そして人間の心理への影響という、非常に重要な課題も内包しているのです。

様々な分野で「Omni」と名付けられたプロジェクトが生まれるように、AI技術の適用範囲は広がる一方です。

しかし、その技術が私たちの生活に深く入り込むほど、開発者も、そして私たちユーザーも、その「意図」と「影響」を注意深く見極める責任があるのではないでしょうか。

AIが「話しかけてくる」未来において、私たちはAIとの関係性をどう築き、どのような境界線を引くべきだと考えますか?

これは技術的な問いだけでなく、社会全体で議論すべき重要な問いであると、私は思います。

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photo by:Mayur Gala