AIは「理解しているフリ」をしているだけ?プロジェクト成功の隠れた落とし穴「ポチョムキン理解」を紐解く

はじめまして、システムインテグレーターのTak@です。私は普段、皆さんのアイデアを形にするお手伝いをしていますが、実は最近、AIの「理解」の深さにまつわる、とある恐ろしい話を聞いてしまったのです。

もし、今あなたが頼りにしているAIが、とある概念を「理解しているフリ」をしているだけで、実はまったく分かっていないとしたらどうでしょう?しかも、その「フリ」は人間には見破れない巧妙さを持っているのです。

これは、単なる技術的な話ではありません。あなたのビジネス、あなたのプロジェクト、そしてあなたの未来に、計り知れないリスクをもたらす可能性を秘めているのです。

AIの「理解」は本当に「理解」なのか?

私たちは今、ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)の進化に驚かされていますよね。まるで人間のように自然な会話ができ、複雑な質問にも的確に答える。これらのAIは、さまざまなベンチマークテスト、例えば大学入試の模擬試験や医療の専門試験で好成績を収め、「概念を理解している」と評価されています。

人間の「理解」とベンチマークの限界

しかし、ここで立ち止まって考えてみましょう。私たちが人間を評価する際、テストの成績が良いからといって、その人が「すべてを理解している」と即断するでしょうか?

例えば、あるプロジェクトの要件定義書を完璧に読み込み、定義を説明できたとしても、実際にその要件を満たすシステムを構築できるかは別の話です。

人間の場合、ある概念を正しく理解していれば、その概念に関連するごく一部の「要石(キーストーン)」となる質問に正しく答えられることで、全体を理解していると判断できます。

なぜなら、人間が概念を誤解する場合、その誤解の仕方は限られていて、予測可能だからです。

例えば、「短歌の五七五」というルールを間違えて「五八五」だと思い込んでいる人は、作る短歌もすべてその間違ったルールに沿ったものになります。テスト問題は、この人間の誤解のパターンを見抜くように作られているのです。

「ポチョムキン理解」の恐るべき実態

ところが、LLMの「理解」は、人間のそれとは根本的に異なる可能性があります。LLMがキーストーンとなる質問に正しく答えたとしても、それは人間と同じように概念を理解しているからではないかもしれません。

研究者たちは、この現象をポチョムキン理解(Potemkin Understanding)と名付けました。

これは、見かけだけは立派なのに、実体がない「ポチョムキン村」になぞらえた表現です。

説明はできても、応用はできないAI

具体的に、ポチョムキン理解とはどういうことでしょう?LLMが概念を正確に「定義」できるにもかかわらず、その概念を実際のタスクで「応用」することに失敗する状態を指します。

「ポチョムキン理解」の調査では、LLMが32の異なる概念(文学技法、ゲーム理論、心理的バイアス)について、まずその定義を問われました。多くのモデルは94.2%という高い正答率でこれらの概念を正確に定義しました。

これは素晴らしい数字ですよね。

しかし、その後に続く「概念の応用」を問うタスクでは、状況が一変します。応用タスクには、以下の3つの種類がありました。

  • 分類(Classification):与えられた例がその概念の正しいインスタンスであるかを判断する。
  • 制約付き生成(Constrained Generation):特定の制約(例:文字数、特定の単語の使用、テーマ)に従って概念のインスタンスを生成する。
  • 編集(Editing):与えられた例を修正して、その概念の正しい/正しくないインスタンスに変換する。

これらの応用タスクにおけるLLMの成績、つまり「ポチョムキン率」は非常に高い(理解していない)ことが判明しました。例えば、概念を正しく定義できた場合でも、分類タスクでは55%、制約付き生成タスクと編集タスクではそれぞれ40%もの質問で不正解でした

これは、まるで言葉の魔術師が、言葉の意味を完璧に知っているかのように振る舞いながら、その言葉が示す現実世界での使い方はまるで分かっていないようなものです。

私は以前、趣味で作成しているAIプログラマーに関して、「AIによって生成されたコードスニペットやテストケースは、必ずしも正確であるとは限りません。実際のプロジェクトに組み込む前には、ユーザーご自身で内容を慎重に確認し、適切なテストを行うことを強く推奨します。」と注意喚起しました。

これはまさにこの「ポチョムキン理解」が背景にあると私は感じています。定義は知っていても、実際のシステム要件の複雑な組み合わせや、微妙な仕様のニュアンスを完全に「理解」してコードに落とし込むのは、まだ至難の業なのです。

人間ならしないような「おかしな間違い」

さらに驚くべきは、これらのLLMの失敗が、人間ならまずしないであろう「おかしな間違い」を含んでいることです。例えば、俳句の定義(五七五)を正確に説明できるLLMが、実際に俳句を生成する際に音数を間違えたり、三角形の定理(二辺の和は他の一辺より大きい)を説明できるLLMが、具体的な数字を与えられた時に成立しない辺の長さを提示したりするのです。

これは、LLMが単に概念を「誤解している」だけでなく、その概念の内部表現が「一貫性を欠いている(incoherent)」状態にあることを示唆しています。

つまり、ある側面から見れば正しく理解しているように見えても、別の側面では矛盾した認識を持っているということです。まるで、ある日は「私はカレーが好きだ」と言い、次の日には「カレーなんて嫌いだ」と平然と言うようなものかもしれません。

プロジェクトにおける「見せかけの理解」がもたらす危険性

この「ポチョムキン理解」は、私たちのプロジェクトにどのような影響をもたらすのでしょうか?

潜むリスクの増大

LLMが「理解しているフリ」をする能力は、特にプロジェクトの初期段階で大きな落とし穴となり得ます。例えば、AIが生成した要件定義書や設計書が、一見すると完璧に見えるかもしれません。専門用語も適切に使われ、論理的な矛盾もないように感じられます。

しかし、そこに「ポチョムキン理解」が潜んでいる場合、その完璧さは見せかけに過ぎません。実際の開発段階に入ると、その「見せかけの理解」は、予期せぬバグや手戻り、あるいは根本的な設計ミスとして露呈するでしょう。

顧客の真のニーズや、システム間の複雑な相互作用をAIが深く理解できていなかった場合、プロジェクトは遅延し、コストは膨らみ、最終的な成果物も期待外れなものになる可能性があります。

これは、プロジェクト管理の重要な要素である「不確実性パフォーマンスドメイン」におけるリスクが、AIの「理解不足」によってさらに増幅されることを意味します。

私たちがシステムインテグレーターとして経験するような、想定外の事態が頻発し、納期が逼迫するような状況は避けたいものです。

信頼性の低下

さらに深刻なのは、AIに対する信頼性の低下です。もし、AIが「分かっている」と答えたにもかかわらず、その結果が常に期待を裏切るようであれば、私たちはAIをビジネスの重要な意思決定やクリティカルなタスクに利用することを躊躇するようになるでしょう。

これは、AI活用の恩恵を享受できる機会を失うことにもつながります。

考えてみてください。プロジェクトのスポンサーが、AIの提示するデータや予測に基づいて重要な投資判断を下したとします。しかし、そのAIの「理解」がポチョムキン理解だったとしたら、どのような結果が待っているでしょうか?

私は、この「信頼」という部分が、AIを社会実装していく上で最も重要だと考えています。

「ポチョムキン理解」を乗り越えるために

では、この「ポチョムキン理解」という難題に、私たちはどう向き合えば良いのでしょうか?

問い直す、人間の役割

まず、AIの出力に対して、これまで以上に批判的な視点を持つことが不可欠です。AIが提示する「完璧な」答えや定義を鵜呑みにせず、「本当に理解しているのか?」という問いを常に持ち続けること。

そして、その理解が実際に「応用」できるレベルなのか、一貫性を保っているのかを多角的に検証する姿勢が求められます。

これは、私たち人間がAIの「理解」をテストするための新しい基準を設けることを意味します。単に定義を問うだけでなく、より実践的なシナリオでの応用能力や、矛盾する情報への対応能力を試すようなテストを設計していく必要があるでしょう。

AIとの「共創」における新たな視点

LLMは「究極のマッシュアップツール」だと私は確信しています。しかし、その真価を引き出すためには、私たちがその特性、特に「ポチョムキン理解」のような限界を深く理解し、それを見越した上で活用する知恵が必要です。

これは、まるでまだ若い才能を持つ新人と一緒にプロジェクトを進めるようなものかもしれません。

定義や理論は頭に入っているけれど、実践経験が少ないために、予期せぬところで「あれ?」というミスをする。そんな時、私たちは新人の能力を十全に引き出すために、具体的な指導を行い、彼らの思考プロセスを補完し、彼らが安心して挑戦できる環境を整えますよね。

AIに対しても、同様の「手厚いサポート」や「丁寧なフィードバックループ」が求められるのではないでしょうか。

例えば、AIが生成した設計案に対して、人間が複数の視点からレビューし、矛盾点や非現実的な点を指摘する。そして、そのフィードバックをAIに学習させることで、AI自身の「理解」の質を高めていく。

このように、人間とAIがそれぞれの強みを活かし、弱点を補い合う「共創」のあり方を深く考えていくことが、未来のプロジェクト成功の鍵を握っていると私は信じています。

あなたのプロジェクト、AIは本当に「理解」していますか?

今日、私はAIの「理解しているフリ」である「ポチョムキン理解」という現象について掘り下げてきました。LLMが概念を正確に説明できても、応用や一貫性においては人間とは異なる「見せかけの理解」をしている可能性があることを、具体的なデータと事例を通じて見てきました。

この事実は、AIの能力を過信せず、その限界を理解した上で活用することの重要性を私たちに教えてくれます。

あなたの今進めているプロジェクト、AIに任せている業務、本当にそのAIは「本質的に」理解していると言えるでしょうか?

それとも、巧妙な「理解しているフリ」の裏で、いつかあなたの予想を裏切る「ポチョムキン理解」が潜んでいるかもしれません。この問いは、AI時代のプロジェクトを成功に導くために、私たちが常に心に留めておくべき大切な問いかけだと、私は強く感じています。

あなたなら、AIの「見せかけの理解」をどう見破り、どう付き合っていきますか?

ぜひ、あなたの考えを聞かせてください。

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photo by:Jakob Owens