AIと著作権の新たな地平線:フェアユースの挑戦と可能性

はじめまして!システムインテグレーターのTak@です。

日々、生成AIを活用したサービス開発に情熱を注いでいますが、今回はAIと著作権、特に「フェアユース(公正利用)」という概念がどのように絡み合っているのか、その複雑な関係性について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

このコラムでは、AIが著作物を学習する行為が合法となるかどうかのカギを握るフェアユースの原則と、それが世界中でどのように議論されているのかを、やさしくひも解いていきます。

フェアユースとは何か?

私たちは、日頃から様々な情報に触れ、そこから学び、新しいものを生み出しています。

例えば、本を読んで知識を得たり、絵画を見て表現のヒントを得たりするように、既存の作品から影響を受けることは自然なことです。

著作権法は、クリエイターの権利を保護し、新しい創作を促すためのものですが、米国には「フェアユース(公正利用)」という特別なルールがあります。

フェアユースの基本的な考え方

フェアユースとは、著作権者の許可がなくても、特定の条件下で著作物を利用できる例外規定のことです。

これは、著作権法が単に権利を保護するだけでなく、「知識や芸術の進歩を促す」という社会全体の利益も考慮しているからにほかなりません。

米国著作権法第107条では、フェアユースを判断するための4つの要素が定められています。

  1. 利用の目的と性質:商業的な利用か、非営利の教育目的か、批評、解説、ニュース報道、研究、調査のためか、そしてその利用が「変形的利用(transformative use)」であるかどうかが重要です。変形的利用とは、元の著作物とは異なる新しい目的や表現で利用され、何か新しい意味や洞察を加えることを指します。単に元の作品を再利用するだけでは、この基準は満たしにくいでしょう。
  2. 著作物の性質:利用される著作物が、事実に基づいたものか、創造的な表現かなど、その性質が考慮されます。例えば、創作性が低いと判断された著作物では、フェアユースが認められやすい傾向があります。
  3. 利用された部分の量と実質性:元の著作物のどのくらいの量、そして「本質的な部分」が利用されたかが問われます。ただし、たとえ少量であっても、その作品の「心臓部」にあたる部分が使われた場合は、フェアユースと認められにくいことがあります。
  4. 著作物の市場価値や潜在的市場への影響:利用行為が、元の著作物の現在の市場や、将来的な派生作品の市場にどのような影響を与えるかが、最も重要な要素の一つとされています。もし利用によって元の著作物の販売が阻害されたり、市場を奪ったりする可能性があれば、フェアユースとは認められにくいでしょう。

これら4つの要素は、個別に評価されるだけでなく、全体としてバランスが取られて判断されます。

AI学習とフェアユースのせめぎ合い

このフェアユースの原則が、AI、特に生成AIの分野で大きな議論を呼んでいます。

AIが大量の著作物を学習する行為は、著作権侵害にあたるのか、それともフェアユースとして許容されるのか、という点が主要な論点となっているのです。

Anthropic社訴訟の判決とデータ取得の重要性

最近、AI開発企業Anthropic社が、作家3人から自身の著作物を無断でAI学習に利用されたとして提訴された訴訟で、カリフォルニア州の連邦地裁が重要な判決を下しました。

この判決は、Anthropic社が合法的に購入した書籍をAIの学習に使うことは、米著作権法のフェアユースに該当すると判断しました。

判事は、AIの学習は人間が本を読んで新しいものを創造するために学ぶ行為と似ており、「極めて変形的である」と述べました。

AIは単に情報を複製するだけでなく、その情報からパターンや法則を抽出し、言語や概念を学ぶことで、新たなコンテンツを生成する能力を身につけるため、その行為は元の著作物の目的とは異なる「非表現的利用(non-expressive use)」であるという見方も有力です。

先日、AI学習プランナーの開発中に、ふと法的な側面に思いを馳せました。AIが学習するデータの出所は、まさにサービス品質の根幹。著作権との両立は欠かせません。

しかし、この判決には重要な「ただし書き」があります。

裁判所は、Anthropic社がインターネット上の海賊版サイトから無料でダウンロードした700万冊以上の書籍を学習に利用した点については、著作権侵害にあたるとの見方を示しました。

つまり、著作物の入手方法が合法であるかどうかが、フェアユース判断の大きなカギを握るということです。

競争と市場への影響:Ross Intelligence社事件

一方で、AIの学習がフェアユースとは認められなかった事例もあります。

Thomson Reuters社がAIを搭載した法律検索サービスを開発するRoss Intelligence社を提訴した事件では、Ross Intelligence社がThomson Reuters社の法律データベース「Westlaw」のヘッドノート(判例要約)をAI学習用データとして利用した行為が、著作権侵害にあたると判断されました。

この事件で裁判所が重視したのは、Ross Intelligence社の利用が「競合する法律検索ツールを開発する目的」であり、これは元の著作物であるヘッドノートが意図した目的と同じであるという点でした。

つまり、AIの学習が、元の著作物と同じ市場で競争する製品やサービスを生み出す場合、フェアユースが認められにくいという厳しい判断が示されたのです。

これは、AIの学習が「変形的」であるかどうかに加え、それが「市場にどのような影響を与えるか」というフェアユースの第4要素が非常に重要であることを示しています。

このように、AIの学習がフェアユースと認められるかどうかは、著作物の入手方法、そしてAIが学習したデータを用いてどのような目的のサービスを提供し、それが元の著作物の市場とどう競合するかによって、大きく判断が分かれる可能性があるのです。

「人間らしさ」が問われる著作権

著作権法の根底には、「人間の創造性」を保護するという考え方があります。

AIがコンテンツを生み出す時代に、この「人間らしさ」がどのように解釈されるのかも、重要な論点となっています。

人間による創作性の要件

米国著作権局(USCO)は、著作権は人間の創造性の産物である著作物のみを保護するという見解を示しています。

つまり、AIが完全に自律的に生成した作品は、人間による著作物とは認められず、著作権登録の対象にはならないということです。

ただし、AIの利用が著作権登録を絶対的に妨げるわけではありません。

USCOのガイダンスでは、もし作品が「人間が創作した素材と生成AIが創作した素材を創造的に配置」している場合や、AIが「単なる補助的な道具」として使われ、人間の「創作的な入力や介入」がある場合は、著作権登録の可能性があるとされています。

例えば、ユーザーがAIに詳細な指示やプロンプトを与えたり、AIの生成物を人間が大幅に編集したりして、そこに人間の創作性が加わっていれば、著作物として認められるかもしれないのです。

この点は、絵筆やカメラが人間の創作を助ける道具であるように、AIも人間の創造性をサポートするツールとして位置づけられるべきだという考え方につながります。

著作権をめぐる国際的な視点

AIと著作権の問題は、国や地域によって異なるアプローチが取られており、これが国際的な議論をさらに複雑にしています。

日本の「学習天国」と広範な利用

日本は、AIのイノベーション推進に積極的で、著作物のAI学習利用に関して「学習天国」と呼ばれるほど広範な利用を認めています。

日本の著作権法30条の4では、「思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」であれば、その必要と認められる限度において、著作物をどのような方法で利用してもよいとされています。

これには、情報解析(テキストや画像の要素を抽出し、比較・分類・解析すること)のための利用も含まれます。

ただし、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は例外とされており、この「ただし書き」の適用範囲については現在も議論が続けられています。

日本は米国とは異なり、個別の著作物のAI学習利用に関する明確な規定はありませんが、この一般例外規定によって対応しています。

EUのオプトアウトと透明性の重視

欧州連合(EU)では、著作権者の権利保護とAIのイノベーション推進のバランスを模索しています。

EUの「デジタル単一市場著作権指令(DSM著作権指令)」には、テキスト・データマイニング(TDM)に関する例外規定が設けられています。

学術研究目的のTDMについては、権利制限が義務付けられており、著作権者への補償は不要とされています。

一方、学術研究以外の目的のTDM(商用利用を含む)では、著作権者が「オプトアウト(利用拒否)」を明示している場合には、AI学習に利用できないと定められています。

これは、ウェブサイトのrobots.txtのような機械可読な方法で意思表示することが想定されています。

さらに、EUのAI規制法案「AI規則」では、汎用目的AIモデルの開発・学習に使用されるコンテンツについて、十分に詳細な要約を公開することが義務付けられています。

これにより、著作権者を含む利害関係者が、自身の著作物がAI学習に利用されたかどうかを確認し、権利を行使しやすくすることを目指しています。

この透明性義務は、AI学習における情報開示の国際的な基準となる可能性があります。

その他の国の動向

  • イギリス:米国と異なり、著作権法で「コンピュータ生成著作物(Computer Generated Works: CGW)」という概念があり、人間が創作に関与していなくても、CGWの創作に「必要な手筈」を行った者に著作権が与えられると定められています。ただし、この場合の著作権保護期間は通常の著作物よりも短く、生成された年から50年となっています。また、TDMに関しては、非商業的研究目的での利用が許可されていますが、有料データベースなど特定のコンテンツでは適用されません。
  • 中国:AI生成物の著作物性に関する統一的な見解はまだ形成されていませんが、人間の関与があれば著作物性を認める判例も存在します。また、中国政府は「生成型人工知能サービス管理暫定弁法」を制定し、生成AIサービス提供者に対し、知的財産権の尊重や、生成コンテンツへの明確なマーク表示などを義務付けています。
  • シンガポール:コンピュータ情報解析(TDM、機械学習などを含む)のための著作物利用を目的を問わず許容する権利制限規定を設けています。また、著作権者によるオプトアウトは禁止されており、合法的にアクセスしたコンテンツであれば利用可能です。ただし、学習データの透明性に関しては、法的拘束力のある規定ではなく、ガイドラインで推奨するに留まっています。

このように、各国がAIと著作権のバランスをどのように取るか、試行錯誤が続いています。

著作権とAIが共存する未来へ

AI技術の進化は目覚ましく、日々新たなサービスが生まれています。それに伴い、著作権をめぐる議論も常に新しい局面を迎えています。

対立から共存への模索

著作権者側からは、AIが無断で大量の著作物を学習することによる市場への損害や、クリエイターの利益が損なわれることへの懸念が強く示されています。

特に、AIが既存の作品を再現したり、特定の作家の「スタイル」を模倣したりする能力は、クリエイターの市場価値を脅かす可能性があります。

スタイル自体は著作権で保護されないと一般に解釈されますが、その境界線は曖昧です。

一方で、AI開発企業側は、AIの訓練に膨大なデータが必要であり、すべての著作物について個別に許諾を得るのは現実的ではないと主張しています。

AIの発展は社会全体に大きな利益をもたらすため、TDMのような学習行為はフェアユースとして広く認められるべきだという声も根強くあります。

実際、大手AI企業の中には、ニュースメディアや音楽出版社などとコンテンツのライセンス契約を結ぶ動きも見られます。

これは、法的な争いを避けるだけでなく、コンテンツホルダーとの健全な関係を築こうとする動きと捉えることができます。

法律の適応と私たちの役割

AIは、すでに私たちの生活や仕事に深く入り込み始めています。

法律は常に新しい技術に適応していく必要がありますが、その過程は一筋縄ではいきません。

著作権法の専門家たちも、現在のルールがAI時代にどこまで通用するのか、あるいはどのような新しいルールが必要なのか、活発に議論を交わしています。

米国では今後もAIを巡る著作権訴訟が多数進行しており、裁判所の判断が積み重なることで、少しずつ具体的な方向性が見えてくるでしょう。

EUのAI規則のような、AI全体を包括的に規制する動きも、著作権の側面を含む形で国際的な影響を与えていくはずです。

AIは私たちの創造性を高める道具として大きな可能性を秘めていますが、同時に、既存のクリエイターの権利をどう守るかという課題も抱えています。

このバランスをどう取るか、私たちの社会全体の知恵が試されている時期と言えるでしょう。

このコラムが、AIと著作権の議論について少しでも理解を深める助けになれば嬉しいです。

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photo by:Bermix Studio